たぶんきっとわたしだけのラヴ
彼女が死んで、死んだってことを今さら知って、とほうに暮れながら朝日を浴びて、いつものように顔を洗って歯を磨いて化粧をして髪にヘア・アイロンをかけて、スーツを着て、出かける。通勤路は雪を被っていて、パンプスの踵がつるつる滑って難儀した。
彼女の訃報はSNSで知った。そんな知りかたをしたくなかった。彼女にそれはひどく不似合いだと思った。でも実際のところ私が彼女の死を知るすべは今やSNSしかなかった。三年くらい前だろうか、彼女が、たぶん最初で最後のつぶやきを、たしか残していたはずだったと思いだして、遡ろうとしたけど、コンマ1秒にも満たない早さで流れてゆく怒涛のタイムラインにめまいがして、やめてしまった。私にそういうのは向いてなかった。ただ「そう」だという現実を受けとめるしかなかった。地下鉄の改札にApple Watchをかざしてスマートを装って颯爽と、でもほんとうのところちゃんとタッチできているか毎朝毎回不安になる、今朝はいちどでピッて電子音がしたから大丈夫、それで颯爽とホームに降りてゆく。頭の中がぐちゃぐちゃこんがらがってとっ散らかった部屋みたいで気持ちがわるかった。スマホを取り出してSNSをひらこうとして、思いなおしてやめる。指は行き場を失って画面の上を滑り、そのあまりのしょうもなさにうんざりして電源ごと切った。
なにも聞きたくないし見たくなかった。彼女が死んだことを知り、彼女を愛したひとびとが勝手に偲んで惜しんで追悼しているようすなんて少しも見たくなかった。R.I.Pとか絶対にふざけんなって思うし、絶対にそういう文字列を見ることになるからすでに腹の底が怒りでもって熱い。だって彼女は私だけのもので、私だけの青春で、でも、同じように思っている人はきっと何人もいるね、けっして私だけの存在なんかではなかったね、知ってる、わかってるんだそんなことは。でもこの世界からいなくなってしまった事実が、現実が、信じられなくて、ただただ信じられなくて、どうしても私だけの世界に彼女を閉じこめたくてしかたがなかった。彼女はものじゃない、あたりまえだ、知ってる、でも、でもでもでもでも。
地下鉄のホームは、まだ早朝ということもあり空いていた。地方の地下鉄の混雑具合なんてたかが知れているけれどそれでも通勤ラッシュの時はそれなりに混む、だから私はいつも始業時間の二時間前には地下鉄に乗るようにしている。耳の奥が痛くなってきて、ぎゅっ、と、目を瞑った。まなうらに残像、彼女の描いた絵、カラー、モノクロ。たぶん、おそらく、アナログの線。ひとコマひとコマが鮮明に浮かんでくる、本棚の中にある彼女の本、ずっと手離さずにいてよかった、手離そうと思ったことさえなくてよかった。かなしい。かなしい。かなしい。目のふちが熱を持って、涙の粒がひとつ、こぼれた。あ、泣いてる。と、自分のことじゃないみたいに思った。風が吹く。コートの裾がおおきく膨らむ。電車が、滑りこんでくる。白い線の内側までお下がりください、お下がりくださーい。構内にアナウンスが響く。あれ、あの、彼女の描いた、あの女のコたち、みんなしたたかでキュートだったよな、みんな、かっこうよかった。粋にたばこ吸って、男のコと遊んだり、キスしたりセックスしたり。私はほんとうは、おとなになったら、彼女の描くような人間になりたかった。強くてたくましくて、だのにとても繊細で傷つきやすくて、愛情深くて。みんなみんな愛してたな。愛してたってことに今、思いを馳せることができて、うれしい。
風が、頬に当たって、涙がぱらぱらと散る。マスカラが落ちる。せっかくブローした髪の毛が煽られる。白線の内側に立って、ちゃんと立って、私は、今ここで、足を踏ん張っている。
(26.0211)